comotoyacoのブログ

自由大好きっ(ぱくり)。幸せビジネス構造研究実践中。ω

この記事好き【リブログ:心屋仁之助さん】

手抜き大好き。ω

 

正解があるわけでなし、

正しいことなんて、その状況で変わってくる。

 

感情だってそう。

感情って、何に反応するかっていうと、

言葉でも、理屈でもなんでもなくて、

見えない何かが伝わったとき。

 

との伝わった何かが、

『好き』なのか『嫌い』なのか。

 

同じようなシチュエーションでも、

真逆の反応するときあるよねー。

 

それって、見えない何かをキャッチして

反応してるってことなんだと思う。

 

だから、見えるものより、

見えないもの、大事だなーって思う。

(そっちの方が、量が多いと思うし)

 

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人にすることって、自分にすること【リブログ:本田晃一さん】

人は鏡というけれど、

自分に対してしていることを、

人にも強要してしまうのが、人間のココロの仕組み。

 

だから、自分を認めて許してあげてる人は、

あまり人の批判をしない。

 

自分を枠にはめて、型に抑え込んでる人は、

(自分が出来ないことをやらかしている)人に対して

『なんで(私が我慢してやってないことを)あんたがするのーっ!!』

って怒り出す。

で、怒ると、かっこ悪いから、理路整然と理屈攻めする。

 

理屈攻めしてくる人って、

大概、別の角度から見ると、理不尽なこと言ってる。ω

理屈って、そういう仕組み。

全体が見えると、人を責める必要なんてなくなっていくから。

 

心屋さんを毛嫌いする人って、

パターンが見えてくる。。。ω

(ちなみに、【心屋さんが100%】正しいとは、一言もいってないよーω)

 

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仕事をする際の、重要なポイントは

自分がいなくなっても、

その仕事が回るような仕組み作りをすること。

 

仕事を抱え込む人は、

真逆のことやっちゃうんで、ご注意を。

 

あ、寧ろいない方がいい人間になる、

ってのは、また別の意味なので。。。

人を色眼鏡でみるのなら、好ましい方向へ進むメガネをかけよう

量子力学とかにも絡むけど、

『どういう意識を向けたか?』

で、その結果が変わっていくのだと思う。

 

単純に、

意識を向けたものが大きくなるし、

その質も影響を与える。

 

だから、

『信頼』の色眼鏡で見続けると、

相手は、信頼に足る人間にどんどん成長する。

 

『心配』の色眼鏡で見続けると、

相手は、心配が必要な人間にどんどん変わっていく。。。

 

人を心配するって、結局、

『(心配する側の)自分を必要とする人間になって欲しい』

って自己重要感をあげてくれる人間作っちゃうってことなんだよね。

それって、本当に、その人のためになってる?

 

相手が子供の場合、

『自分が死んだらどうなるか?』

って考えてる?

 

親のエゴで、振り回しちゃ、いけないでしょ。

心配されると苦しくなる。【心配は親のエゴ?】

割と私は周囲の人から可愛がってもらってて、

ありがたいなー、と思うのですが、

先日、前の職場の人とご飯を食べる機会があり

(ごちそうしてもらった。。。o(_ _*)oぺこり)

なんかやたらと心配されていることが判明。。。

 

心配ねー。。。

これって、愛情と判断する人もいるけど、

私は違うと思っている。

(確かに、その人を思ってるからこそ、なんだろうけど)

 

結局、心配するって、

その人のこと信頼してないってことなんですよ。

 

でね、性質悪いなー、と思うのは、

頑張ってない人は、心配されると喜ぶ

傾向が高いように思われる。

 

で、

頑張ってる人が心配されると。。。

『こんなに頑張ってるのに、まだ足りないから

結果も出てなくて、心配されるんだ』

って否定された感じがして落ち込む。

 

そんなことないのにね、

するほうが勝手に心配してるだけなのにね。

心配したその人が、人を信頼の目で見てないってだけなのにね。

 

まぁ、そんなこんなも、

自分自身が『罪悪感』もってるから、

そんな状況を呼び寄せるんだろなー?

とも思うので、結局、ソコ

になるのですが。笑

 

でも、ま、やたら心配しすぎると、

自分自身の状態にもよろしくない形で作用するし、

努力する人間からは、

『そんなに信用ならんやつって判断してるってこと?』

って思われるんで、

ほどほどにね。

顕在意識では、キャッチできなくても

潜在意識では、そう判断してるので。。。)

 

『あの人は、大丈夫』

って思った方が、どっちに対しても良い影響がでるので、

気付いた時は、気持ちの方向を修正してあげてくださいな。

 

心配は、人の行動を制限する。

信頼は、人を開放へと導く。

 

もんだと思いますよ。

姉妹では妹、兄弟では弟の方が大きいのは、おさがり制度の所為?

いまは、一人っ子も多いし、

裕福だし、ユニクロだとか色んな選択肢もあふれてるから

あまり関係ないかもだけど、

私が子供のころは、がっつり、おさがり制度があった。。。

 

ふと思ったのだが、

このおさがり制度のため、

下の子の方が体格が良くなるのではないか?

と思いついてしまった。笑

 

身体のサイズが上の子より大きくないと、

延々と、おさがり制度が適用され、

まったくもって趣味の合わない、着古された服を着る羽目になる。

 

それがいやだったから、

身体を大きくしたのかなぁ?

とか、思ったりする。

 

もちろん、(その過程にもよるが)

最初の子には期待やらプレッシャーやらかかって、

のびのびすくすく、ってわけにはいかなくて

萎縮して身体が伸び悩むってこともあるのかもしれない、

とも思ってるんだけどね。

 

どっちにしろ、

親の期待やら環境やらに、意識が左右され、

それが肉体という物質へ影響するってのは、

当たり前の結果なんだろうなぁ、と思う。

 

のでメモ。

 

めっちゃ裕福で、なんでもその子のために用意できる家庭は、

その限りでないんだろうなぁ。とも思ったので、

追記。

横糸と経糸【家系】

何事も、《横糸》と《経糸》にあたるものがあるから

(布のように)成り立つと思うのだが、

以前にも言及しているけれど、

私は『輪廻転生』肯定派だ。

 

この視点をもって家系を見ると、

DNAを基盤として肉体を通して遺伝で受け継いでいくものは《経糸》。

 

魂として、肉体に入り込み

人の意志の根幹となるものを《横糸》。

 

その二つが複雑な模様を描き

織りなすものが、人間世界。

 

なんだろうなー。。。

と、ぼんやりと思う。

 

魂は、経糸の肉体のような引継ぎ方はしないから、

定期的に『異端児』といわれたり、

『トンビが鷹を生む』といった状態があらわれるんでないか?

と思う。

 

それだけじゃないだろうけどね。