comotoyacoのブログ

自分で自分を幸せにするお手伝い。整調サポートカウンセラーの記録帳。

どんな言い方をしても、ネガティブな受け取り方をする人はいる

発言でも文章でも、

好意的な受け取り方をする人がいる一方、

どんなに言い方を変えたとしても

言葉を受け取らないどころか、

否定的な受け取り方しかしない人がいる。

 

これはその人にまだ

『その言葉を受け取る時期がきてない』

のだから、

送り手には、どうしようもない。

 

『私の伝え方が。。。』だなんて思わなくていい。

『受け取るまで伝えよう』としなくていい。

 

受け取らない人は、受け取らない。

受け取ってくれる人を優先すればいい。

 

受け取らない人に受け取らせようとすると意固地になるから、

しばらく放っておけばいい。

性格の悪い人、わがままな人の周囲には良い人が多いという法則

当たり前といえば当たり前だが、

忍耐力レベルが通常以下の人だと、

ついて行けないから離れて行くのだ。

 

なので、

面倒見がいい人とか、

お人よし、人が善過ぎ(て断われない的)な人、

キャパの大きい人しか残れない。

 

あとは、同等のレベルの人が

利害に応じて徒党組んでるだけで

表面上は仲好さそうにしてても、

陰で何言ってるかわかんない、とかいう関係が多いかな?

あ、愚痴大会する人たちも。。。

 

そんな中にいたくなかったら、

まず、自分が人の悪口、陰口を叩くことを辞めることだ。

資格について

あくまで、目安にしかしていない。

 

人の能力や経験や知識なんて、

試験では測りきれないものと思っている。

 

しかし、経験を積んだ上で

体系化されたものを知ることは、

色々、時間短縮させてくれる方法だと思っている。

 

心理学にせよ何にせよ、

先人が築き上げてくれた手法を学ぶということは、

人に適応するとき、説明する時、

ものすごく役に立ってくれるツールだと思っている。

 

経験をして、ちゃんと腑に落ちてれば、

それを習得するのに時間もかからないし、

もし、それ技術を知らなくても自然と出来るものだと思うが。

自分のニュートラルな状態を確認しておく

私はどちらかというと

感情の振れ幅が大きいのだと思う。

(起伏が激しいというわけではなく)

 

なので、端から端に移ってしまった時、

その落差に余計に落ち込んでいるように感じてしまう。

 

そんな時、

自分のニュートラル地点を知っておくと、

かなり楽だということに気付いた。

 

調子の良い時でも、悪い時でもなく、

ニュートラルな状態の時。

 

なぜなら、がっつり落ち込んでいるときに

ものすごく調子が良い時の時を思い出したり、

そこと比べたりしてしまうとしんどいし、

あまりに両極に振れた状態を

”通常モード”と認識しているのも、やはりどこかおかしい。

 

なので、自分のニュートラル状態、

いわゆる0(ゼロ)ポイントを認識して、

そこを基準に自分の”今”の状態がどうなっているか?

を確認する、

出来るようなら、その状態に持っていく、

という意識を持つようにしている。

落ち込むということ

バイオリズムの関係か?

月の満ち引きに影響されているのか?

時折、深く落ち込むことがある。

 

自己否定の強かった以前と比べると、

格段立ち直りは早くなったし、

そこまで落ち込まなくなったものの、

どこかで『また落ち込んでる』と

ダメ出しをしていた。

 

しかし、よくよく考えてみると、

男性に比べて女性は感情の波があるのは当然で、

人によってはイライラを募らせ周囲にあたる人もいる。

 

そういう意味では、無差別に他人へ攻撃が向かず、

ひたすら自分に向っていっているということなので、

それに気付いた時、

『あれ?ある意味自分らしいなぁ』

と、ふと笑えてきた。

 

そう考えると、別に落ち込むことも

一方的に

悪いクセというわけでもないな、と思え

なんだか受け入れられる気がしてくるから

不思議なものだ。

 

モノゴトって色んな方向から見ると

見方が丸っきり変わってくるから面白いものだ。

 

ちなみに、

口さみしいからといって砂糖の入ったお菓子などを

日常的に口にすると

血糖値の影響で余計に感情の起伏が激しくなるので、

そういう生理学的な知識というのも身に着けていると便利である。

 

かくいう私は、ほぼほぼ甘いものを口にしない。

というか、あまり習慣がない。

にも関わらず、たまに大波に飲み込まれている。

 

。。。どういうことだろう?笑

何事も話を聴くことから始まる。

この世のことは、

ほとんど人間関係から生まれている。

 

上手にその関係性を築くには、まず、

『きちんと話を聴くこと』から始まると思ってる。

 

相手がいる場合は、相手の話。

自分一人の時は、自分自身の気持ち。

 

自分の気持ちに正直になるとき、

自分の気持ちがわかっていなければ、

何が答えかわからない。

 

案外、自分のことなのに、わかってない部分というのが存在する。

当たり前すぎて見えないところ。

 

時間を見つけて、

何か人との関係でしんどさを感じた時、

少しずつでいいから、始めてみる。

 

その”少し”の変化が大事なのだと思う。

辛さの原因

私の場合、ということではあるが、

主に、

 

・自己否定の強さ

・自己評価の低さ

・自分軸(意思)と他人(親・世間)軸の間での揺らぎ

 

が原因だったのではないかなー、

と思っている。

 

人それぞれ、形も思いも違うのだけれども、

現代の日本は

『こうあるべき』

という形がメディアや色々なものによって

操作され、印象付けられ、

『指導・管理』する側にとって都合のいい姿で描かれているように感じる。

 

私は、幸運なことに、海外で日常生活を送らさせてもらうことがあった。

その時に、『日本では、生き(息)づらさを感じていたな』と

感じたことがある。

そして、今現在も、『日本よりも外の国の方が、生きやすいのだろうな』

と思っている。

(それでも自分の意思で、この国にいることを選んでいるのではあるが)

 

文字通り、生きづらさとは、息つらさ。

周囲の何かに取り囲まれ、呼吸すらまともにできなくなる感じを覚えるのだ。

 

それは、周囲に合わせ過ぎ、

自分を縮こまらせてしまうことが原因だったな、

と私の場合は思っている。

 

いまだに、人との距離感で迷うこともあるが、

素直に自分の考えをだし、

共感できる友人との時間を増やすようにしている。

 

人間なので合わない考えを持つ人というのはいる。

 

もちろん、時と場合によっては、協調を求められることもあるだろう。

 

けれども、常に、人に合わせてばかりだと、

自分がしんどくなる。

反動で、両極に走りそうになるものではあるが、

実は、反発する必要もないのだ。

 

自分の中で、心地よいと思える距離感を保てるように、

自分の状態を整えることを習慣にする。

自分が何を望んでいるのか?

どのような関係性、生き方を欲しているのか、

まず、明確にする。

 

それを可能とできるような環境を、

一歩踏み出して、整えるように動く。

 

自分に我慢ばかりを強いると、

辛くなるのは当たり前の話である。

そして、我慢している割に、周囲はなんとも思ってないものである。

 

自分に我慢をさせてしまうのは自分。

そして、同時に

自分を幸せにするのも自分。

 

どっちも選べるのだ。