comotoyacoのブログ

似非健康ヲタク、心の通訳カウンセラーの備忘録ブログ。変化の記録帳。

聖職者って裏表あるものだよね?(人間は、禁じれば禁じるほどアングラを求めるからか?)

聖職者として、

・僧侶、神主、牧師等、宗教上の指導者

・教職員、児相等、教育の指導者

・医師、看護師、医療の指導(?)者

 

が、ぼんやりと頭に浮かぶけど、

清くあるべき、とは裏腹な現状が多いんではないかと思う。

 

人間なんて、枠に入れられれば、はみ出るもんだし、

光と影は、その強さに応じて比例するもんだと思ってる。

なので、「清くあるべき」人たちの世界は結構、普通に「黒い」。

 

というか、表向き光が当たっていればいるほど、

それに引き寄せられてきた人間は黒い、のかもしれない。。。

 

人間の面白いところは、

一つの出来事である事実を知っていても、

それを似た他の分野に適応できないとこだと思う。

自己矛盾とか、ダブルスタンダードが激しい人こそ陥るのか?

とか、理想が高い人もそうなりがちかな?

と思うのだが。

 

たとえば、

『聖職者』というカテゴリーでくくると、

【僧侶、神主、牧師】の世界で起こっていることは、

【教職員】や【医師、看護師】の世界でも起こりうることだと

考えて然るべきだと思う。

そしてまた、逆も然り。

 

けれども、

現場の人間は、同種の別世界でそれが起こっているとは

露にも思っていない場合がある。

(多くの場合は、気づきたくない、認めたくない、なのだろう)

 

 

これは主観が入るからなのか、

拒絶をしている度合いによっても変わってくるのか、

は人それぞれだろうけれども。

 

 

ま、こういうカラクリがわかっていながら

素で勝手に例外を作ってしまっている自分に気づくと

『あぁ、やっぱり自分も人間なんだなぁ』と思う。。。