comotoyacoのブログ

自分で自分を幸せにするお手伝い。整調サポートカウンセラーの記録帳。

選べなかった自分、選ばなかった自分。

最近、出会わせていただいた人たちを見て、

『選べなかった自分』

『選ばなかった自分』

を生きてる人だなぁ、と思うことがある。

 

その人たちが

『選べなかった』『選ばなかった』

ではなく、

私が、

『可能性としてあったのだけど、選択しなかった人生』

という意味合いなのだけど。。。

 

そういうのを感じると、

『じゃぁ、今の自分は何を選んで、何を実現できてるのだろう?』

と思ったりする。

 

《見えてる世界で具現化できてきたもの》

《見えない世界で積み上げようとしてきたもの》

 

自分では頑張ってきたつもりではあるが、

どちらかというと、見えないことに注力してきたからか?

『何か成し遂げたことは?』

と自分に問うてみると、答えは

『。。。』

となってしまう。

決して、自己卑下しているわけでもないのだが、

一般的な尺度で測ると、どうしても、そんな気がする。

ここらへん、まだまだ他人軸。。。?

客観的ともいう?

 

たとえ自分の人生の出来事であっても、

『自分一人の力で、

何かが「出来た」「出来なかった」ではない。

結果はすべて、

周囲の方々の協力など環境的なものとタイミング的なものが合わさったもの』

といった内容の言葉を最近目にして、

『あぁ、なるほどなぁ』

と、ちょっと救われたというか、

『何でも自分で背負おうとして

無理したり意地を張ってた部分が大きいなぁ』

ということに気付かされた。

 

最近、人に教えていただいた私のクセに関することでもあるのだけれど

つい、力んでしまうというか、余計なところにまで入り込んでしまう自分がいて

そういうことが空回りの原因になったりもしてたりしたのだが。。。

 

頑張ることは決して悪いことではないけれど

何事も限度があり

『過ぎたるは及ばざるが如し』

である。

 

もう少し、力を抜くというか、

自分の範囲を最小限にして周囲の方にお願いすることや

自分の中の基準を緩めること、

自分以外の存在が入る余地を持つことを

増やしていこうと思った

そんな2017年の終わりと2018年の始まり。。。

 

今年は、どんな一年になるのかなぁ?

 

どこかを目指すのではなく、自分に籠る、浸るというか

内から溢れ出るほどの何か(あたたかいもの)を

表現したり、向かい合えたらなぁ、と思う。

 

 

(きっと、某MA(尊敬してます)さんに負けず劣らず

『もう、半年過ぎた!』とか言ってそう。。。ω