comotoyacoのブログ

自分で自分を幸せにするお手伝い。整調サポートカウンセラーの記録帳。

身体の症状が心の状態を表してくれてる【本来の東洋医学の考え・内海式】

2017年の年末に、

東洋医学のお師様(お師匠さま)に診てもらった結果の解説

なのだけれど。。。

興味ある人いるのか?

 

まー、臨床の一つということで書き残しておこう。

 

 

処置していただいた

・隔(横隔膜)あたりの湿疹(?)

・スネ(弁慶の泣き所)あたりの筋の硬化

2点についての自分なりの解説。

 

ひとつ目の隔辺り(胸のチャクラあたりでもある?)の湿疹

(というか、皮膚の硬化?黒くなっていってた)については、

処置後のお話の時に『息するのしんどくなかった?』

訊かれるまで忘れていたのだけれど(訊かれても、最初はピンとこなかった。。。)

3年ほど前から、仕事中のストレス

(色々抱え込んで、自分で自分に精神的な負荷をかけてしまうクセ)

が一定のラインを超えると

【肺の下部あたりのぐるり一周と、肩から覆いかぶさるように】

鉛の鎧のようなものをつけられている感覚に陥り(実際には何もない)

意識して息を吸い込まないと呼吸が出来ないと感じることが何度かあった。

 

 そういった症状が出るのは、いわゆる繁忙期で、

自分のキャパを超えそうなときに限定され、回数が少なかったこともあり、

『喉元過ぎればなんとやら』、で忘れてしまっていたが、

そういう極限を体験してしまっていたがために感覚が麻痺してしまい、

単に多少のことでは感知できなくなっていただけで

呼吸のしずらさは、慢性化していたのだと思う。

 

私は普段、『結構なんでもストレートに物を言う』と思われがちだし、

自分でも『そーかもな?』と思っているのだが、

結局は、『本当に言いたい、最上級のこと(本心)』は言えてなく、

自覚すらできないくらい奥底に封じ込めてしまっているからこそ、

その他に関しては、(それに比べれば言いやすいこととして)

口にしてしまっていたのかなー?と考えに行きついた。

 

そして、

スネの件に関しては。。。

自分が自分の身体にしてきた仕打ちを

一気に自覚させてもらっただけのこと

ではあるのだけれど、

 

患部に鍼をしてもらった時、

『ちょっと痛いかも』と始めに予告していただいていたのだけれど、

正直、めちゃくちゃ痛かった。泣

結構、痛みには強い方(というか我慢しちゃう人)だと思うのだけれど、

思わず声に出るくらい。。。ω;

 

施術中に、『ごめんね、ごめんね、痛いね』

施術部位に優しく話しかけながら鍼を打たれる先生に、

 

『(いや、自分でやってきたことが原因であって、

そもそも先生の所為じゃないし、

でも、身体の所為ではないし。。。

全部、自分原因。。。自分の身体ごめんー)』

 

と思いながら悶絶していた。

 

鍼、と一言で言っても、色んな流派(?)があり、

お師さまのところは、

あまり直接原因(?)部位に鍼をするということはされない(ハズ)

なのだが、その時の私の状態では、

自分の状況を正確に把握する上でも『必要だったんだなー』と思った。

 

体感の話をすると、

本来、しなやかな柔軟性を持っているはずの筋が、

硬く、ゴム管のような状態で身体内部に存在しているのが、

ものすごーくリアルに感じられた。

 

それもこれも、自分のメンタルの在り方が

常に、前のめりの焦りの状態で『いまここ』という瞬間にいれず、

それが身体の状態にも表れてしまっていて

常に、つんのめりそうな姿勢でいたため、

本来、そこまで負荷のかからないハズの、足の前側の筋が緊張しっぱなしで、

上記のような状態にまで変性してしまったのだろうなぁ、

ということが鍼を受けている最中に思い浮かんだ。

 

実は、足の裏にもその証拠のようなものがあり、

爪先立ちをしているときに床にあたる皮膚の部分が硬化している。

 

鍼を受けたあとから、微妙に身体の重心が変わったことに気付き、

前まであまり気にならなかった、皮膚の硬化部分の感触を強く感じる。

(たまに痛い。。。笑)

 

結局、どっちも、

『自分がなんとかしないと、頑張らないと』と我慢して

余計なものまで抱え込んだ末に、限界ライン超え、

身体が悲鳴あげてるにも関わらず、脳判断でやり続けた結果なんだよな。

努力の方向が間違ってるって気づかされた出来事でした。。。

 

おかげさまで今は、呼吸も楽にできるし、

思考的にも、ちゃんと『今』を意識することができるようになった。

 

私はこれまで、

どちらかというと過去に捉われる傾向が高かったのだけれど、

『今の身体の状態』にじっくり意識を向け対話してもらったことによって、

ひたすら『今の自分と向き合う』感覚を掴むことができたように感じている。

言葉では伝えきれないものを、いただいたのだなぁ、という感覚だ。

 

2017年は、自分の中も外も変化の多い年だったのだけれども、

最後の最後の大掃除、とばかりに、

これまでの価値観を洗い流すかのようなことが立て続けにおこり、

内も外も(主に内面が)大忙しだったのだけれども、

色んな方のお世話になり、おかげさまで

長年かけて抱え込んでしまった思い込みや、重荷を

自覚した上で、一つ一つ向き合って判断し、

『要るもの・要らないもの』を振り分けられたのではないかな、と

今更ながらに振り返る。

 

ホント、『必要ないことは起きない』。

ありがたいことだなぁ。。。