comotoyacoのブログ

自分で自分を幸せにするお手伝い。整調サポートカウンセラーの記録帳。

全肯定するって、世間の基準に照らし合わせるでもなく、自分基準でジャッジするわけでもなく、この人の考えは、こうなんだな?って受け入れること。

タイトル、

長くなりました。。。

 

全肯定って、

世間の基準

自分のこれまでの経験

その人がどういう人か

まーったく関係なくって、

『あー、この人の目を通すと、

こういう風に見えてるんだなー』

って受け入れることだと思う。

 

それが、たとえ、自分のことに言及していても、

それが、自分の意志や意図と真逆のことを言ってても

『あー、私のことは、

この人には、こう映ってるんだな』

と思うこと。

そして、それは起こりうると認めるということ。

 

だって、誰一人として同じ人はいなくて、

経験だって、思考形態だって、それぞれが違うのだから、

たとえば、ひとつの現象が起きたとして、

自分の視点や考えと、まるっきり逆の解釈をする人間は存在するのだ。

 

そして、その人の見方を認めるということは、

自分の見方が間違っていると判断するということではない

 

どっちが正しいとか間違っているとかを決めるのではなく、

お互い、違う考えを持ってると認めること。

 

そして、もし、何か結論を出さなければならないときは、

お互いが納得できる方向性を探るということ。

 

結論を出すって、

どっちかが負けてどっちかが勝つといった

10:0(じゅう・ぜろ)の世界じゃなくて、

10個条件があったら、その中のどの部分が絶対に譲れないか?

お互いの最優先事項を1つずつ盛り込めば、あとは気にならない

って感じなのだ。

 

もし、10個全部譲れないというのであれば、

一人で生きていけばいいのだ。

それか、熱烈なファンみたいな完璧服従の下僕を従えてしまうか?ω;

 

自分が思ってるほど、自分の考えの中で譲れない部分って案外なくて、

1割、どーしても譲れない、というところを探し、

それ以外を相手に譲ってしまえば、

それができれば、

大概のことは、丸く収まる。

 

そのためには、見栄やプライドは捨て、

本当に自分が望んでいることは何か?

に焦点をあてなければいけない。

 

どんだけ、初め、みじめさを感じようとも。